読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

俳優おたくの掃き溜め

舞台や若手俳優のおたくが好き勝手書くところ

▫私は少しでもあなたの力になれてましたか▫

 

先日。

元推しが突然「沢山の方に支えられて…」と感謝の意を述べているのをたまたま見かけました。ほんとフォロワーのいいねがTLに流れる機能やめてほしい。

 

 

それを見かけてしまってから、すごくもやもやしています。

私は彼にとって、少しでも力になり得る存在になれていたのか?と。

 

 

 

数年間精一杯推してきました。彼の周りの人からは「感謝してるって言ってたよ」「ありがたいねって言ってたよ」とか色々人伝で彼のお褒めの言葉をいただく事も度々ありました。

 

でも思い返せば直接言われたことは最後までなかったなぁって思って、たぶん。私自身が忘れてるだけだったらごめん。

 

 

「恥ずかしくて言えないんだって」とも、周りの人に言われたことがあります。私なりにそれはよく理解してたつもりでした。でもそれは自分に自信がある時の話であって。自信がなくなってしまった私には、理解してあげたくても出来ない所まで追い込まれてしまった私には、もう「察する」ことは出来なくなっていました。

 

 

言葉にしなくちゃ、伝わらないこともある。

 

 

 

で、結局どんなにがんばって推しても他勢に無勢だなって思うんです。彼自身が成長して、そういう感謝の気持ちを言葉に出来るようになっただけなのかもしれないけど。でもそれを言わせたのは、数年間金銭的にも時間的にも全力で推してきた1人のおたくではなく、たくさんの……悪い言い方をすれば茶の間の力だったんですよね。

 

 

 

今の推しはどちらかと言うと昔の元推しのように、たくさんの茶の間ではなく少数のガッツで応援してる感じです。ただ元推しと違うところは、ちゃんと言葉や態度で気持ちを伝えてくれる所です。本音はどうかまでは知らないけど、少なくともそういうことが例え上辺だけだったとしても出来る所が好きです。

 

 

でもこれがまたいつかすごく人気になって、わんさか茶の間が増えた時にどうなるんだろうという怖さがあります。今の推しだって絶対少数精鋭からの濃い応援より、薄くてもたくさんの人から応援されたいに決まってるだろうし。

 

 

そう考えてると、どんどん自信がなくなっちゃうんですよね。私が今している事って意味があるのだろうか。本当に推しにとって役に立っているのだろうか。力になれてるのだろうか。そんなのただのおたくのエゴだけど、そんな事を考えてしまいます。

 

でも今は何が正解かわからないから、私は私のやり方でこれからも応援していくんだと思います。

 

 

 

いつか元推しに機会があったら聞いてみたいなって思うことがあります。

 

 

私はほんの少しでも、あなたの役に立ててましたか?力になれてましたか?